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失われた屋号を求めて
第22回 記憶の引き出し
読みかけの小説に出てきた「下草がふくらはぎを切る」という表現に違和感を覚えたまま3行ほど読み進めてふと、その3行分の内容がまったく頭に入っていないことに気づいた。人間は一度見たものはすべて覚えているといつかどこかで読ん […] -
本屋の新井です
第40回 ハムの人
毎年、お歳暮にハムのギフトを贈り続ける人がいる。「ハムの人だ!」のテレビCMでもお馴染みだ。自分で買い求めるほどそのハムが好きでなくても、目まぐるしく変化しすぎる時代のなかで、変わることなく繰り返される恒例行事は、妙に […] -
本屋の新井です
第39回 「はい、よろこんで!」
「閉店」と貼り紙がしてある、居酒屋の引き戸を開けた。駆け付けた店員は、今日で店を畳むから、限られたメニューしか用意できないと言う。そのつもりで来たから、問題はない。広い店内には、ひとりで静かに飲むお客が数人だけだった。 […] -
失われた屋号を求めて
第21回 カンビュセスの籤
「私の人生は、私のものだから」 公衆電話の受話器を握りしめたポニーテール姿の少女が、目に涙と希望を浮かべながらそう言い放った瞬間、ざばんと背後で波しぶきが立った。暗い館内は、封切りされたばかりの映画を見ようと押しかけ […] -
本屋の新井です
第38回 年末恒例「推し本」イベント
今年で3回目となる「目利き書店員が本音で語る、愛と辛口にあふれた選評回!」が、12月2日に開催される。新潮社主催で、去年までは神楽坂にある「ラカグ」の広々としたイベントスペースで行われていた。 今年の会場は、新潮社の […] -
本屋の新井です
第37回 文庫化は進化
単行本発売から約5年、ついに『アル中ワンダーランド』(扶桑社)が文庫化された。アルコール中毒になったまんきつ氏が、自らの体験を綴った漫画である。酔った上での失敗談は、つい吹き出すほど面白いのに、病気に対する恐怖がべった […] -
失われた屋号を求めて
第20回 巣ごもりのすすめ
特に新しくも古くもない普通のマンションのはずだけれど、普段まったくといっていいほど自分以外の住人の生活音が聞こえてこない。たとえば今こうして休日の夜にパソコンに向かってキーを叩いていると、自分の呼吸音とパチパチという打 […] -
本屋の新井です
第36回 これからの書物
3月に予定していた大好きなロックバンドのLIVEが、新型コロナウイルスの影響で開催が延期になり、もうさすがに中止か、と諦めかけた10月、ようやく振替公演が行われた。これほど長引くなんて、誰が想像しただろうか。 時を同 […] -
本屋の新井です
第35回 自由に読める本
その小さな本棚には『かくかくしかじか』や、『富士山さんは思春期』『今日は会社休みます。』『クッキングパパ』などのコミックが並んでいた。 都内にあるひとり暮らしの部屋にも『かくかくしかじか』は全巻揃っているが、福井 […] -
失われた屋号を求めて
第19回 生活はつづく
数カ月ぶりに、朝の混み合う時間の電車に乗った。ホームに滑り込んできた車両の窓の一つひとつを食い入るように見つめながら、こうして毎日、普通に誰かの生活が続いていたことに不思議な思いが込み上げてくる。 ぎゅうぎゅうで […] -
本屋の新井です
第34回 本が吸うにおい
先日、新しくできた商業施設を訪れると、やけに本棚が目立つレストランが目に入った。ガラス張りの店内は、中央にキッチンが見通せるカウンター、その右側に本が並び、手前にカフェのようなスペース、左側は全くのレストランという作 […] -
本屋の新井です
第33回 思い出のレジ袋
東京ディズニーランドおよびシーでは、10月1日から買い物袋が有料化される。ディズニー帰りであることが一目でわかる、キャラクターが描かれたビニール袋は、わざわざディズニーに行く人にとってはそれすらもお土産であり、たとえ […] -
失われた屋号を求めて
第18回 実家が燃えたはなし
たまに話の流れで、実家が火事になったことがあるという話をすると、目の前の相手の表情がすっと曇る。恐る恐るといった感じで当時の状況を尋ねてくれる優しい人たちの困惑した様子を見ながら、あぁまたやってしまったなと反省するの […] -
本屋の新井です
第32回 「ビジネス○○」
板前が握ったばかりの寿司は、確かに美しい。しっとりと艶やかで、つい写真に収めたくなる。だがアングルを調整したり、写り込むおしぼりをどかしたりしているうちに、寿司はみるみる輝きを失い、味は落ちていく。 本当の寿司好 […] -
本屋の新井です
第31回 出入りの衣装屋
ストリップ劇場の楽屋には、特大のトランクを提げた行商が、ふらりとやってくることがある。売っているものは、舞台用の衣装だ。買おうと思ってもなかなか見つからないもので、こうして目の前に実物を持って来られると、つい手に取っ […] -
失われた屋号を求めて
第17回 記憶の触りかた
鳴き始めた蝉の声にまだ耳が戸惑っている。絶えず聞こえている耳慣れないこの音が蝉の声だと認識するまで、ほんの少しのタイムラグが発生するのだ。「夏」「音」「みーんみーん」。これまでの夏の思い出が集まった記憶のデータベース […]