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失われた屋号を求めて
第33回 太極拳とピザトースト
最近、休みの日に早起きをして、駅前のパン屋さんのモーニングを食べに行くことが日課になりつつある。開店と同時に入店して、注文するのはピザトーストのセット。サイドメニューにサラダとオレンジジュースを選んで、ピザトーストが焼 […] -
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第32回 人生の手触り
他人の人生に触れることの怖さを初めて知ったのは小学生の頃のことだ。町内に住む一人暮らしの老人に手紙を書くことになった。私は祖父母と一緒に暮らしていて、とても厳しい人たちだったけれど同時にとても愛してもくれていた。だから […] -
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第31回 地層と暮らす
元々は本を一冊読み始めたら読了しないと次の本に進めない性分だったはずが、いつしか数冊の本を併読するようになった。どちらの読み方にもそれぞれ利点があって、これからもその都度選んでいけたらと思っているけれど、併読には困った […] -
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第30回 夏の思い出
「本当に怖い話は、こんなところで気軽に話せたりしないよ」 学生時代、バイト終わりに訪れたチェーン店のカフェで、友人がストローの入っていた紙袋を細かく千切りながらそう言った。冷房が効き過ぎていて、切望していたはずのアイ […] -
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第29回 リミッターを外す
ホームに降り立つとすぐ、むっと暑い空気がまとわりついてきた。改札階へと続く階段を一段、一段のぼっていく。すぐ目の前に知らない人の背中があって、無意識に距離を取る。人との距離に敏感になった。 駅を出て、今日はどのルート […] -
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第28回 回復したい生活
去年の6月に姪が生まれた。すぐにでも会いに岩手県の実家に帰省したかったけれど、増え続ける東京の感染者数は持病を持つ両親に不安を与えると思い、様子を見ることにした。その時は、お盆は無理でも年末年始には安心安全に帰省できる […] -
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第27回 口笛と楽器
サンキューもソーリーも、当たり前のように使い過ぎていて、「ありがとうはサンキュー」といちいち日本語から英語に翻訳することなく使いたい場面で自然と口をついて出てくる。 最初に使い始めたきっかけも、それがいつなのかも覚え […] -
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第26回 犬の時間
マンションの階段を降りて右に行くと、少し遠回りになるけれど川沿いの遊歩道を通って駅に着ける。ほんの3分だけ早く家を出ればいいだけなのにこのわずかな時間がどうしても捻出できなくて、今年の春は桜の一番いい時期を逃してしまっ […] -
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第25回 文芸誌で小説を読む
最近、文芸誌の読書会というものを始めた。2月発売の文芸誌から始めてまだ2回。つい先日、3月売りの文芸誌で開催したばかりなのに、もうそろそろ新しい号が出るという。 もともと熱心に文芸誌を買うタイプでなく、これまでも特集 […] -
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第24回 あの日からの日常
2月の半ばに福島県沖を震源地とする地震があり、東京も大きく揺れた。本棚に詰めた本が次から次にバタバタと落ちる様を見ながら、あと5秒経ってもまだ揺れが収まらなければ本棚を押さえにいこう。そんなことを考えていた。 本当は […] -
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第23回 きょろきょろ、のその先
歌人・穂村弘さんの『図書館の外は嵐 穂村弘の読書日記』(文藝春秋)を読んでいたら、こんな記述に出会った。 「すごく面白い作品に出会うと、その本の世界からいったん顔を上げてきょろきょろする癖があるんだけど、あれって一体 […] -
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第22回 記憶の引き出し
読みかけの小説に出てきた「下草がふくらはぎを切る」という表現に違和感を覚えたまま3行ほど読み進めてふと、その3行分の内容がまったく頭に入っていないことに気づいた。人間は一度見たものはすべて覚えているといつかどこかで読ん […] -
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第21回 カンビュセスの籤
「私の人生は、私のものだから」 公衆電話の受話器を握りしめたポニーテール姿の少女が、目に涙と希望を浮かべながらそう言い放った瞬間、ざばんと背後で波しぶきが立った。暗い館内は、封切りされたばかりの映画を見ようと押しかけ […] -
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第20回 巣ごもりのすすめ
特に新しくも古くもない普通のマンションのはずだけれど、普段まったくといっていいほど自分以外の住人の生活音が聞こえてこない。たとえば今こうして休日の夜にパソコンに向かってキーを叩いていると、自分の呼吸音とパチパチという打 […] -
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第19回 生活はつづく
数カ月ぶりに、朝の混み合う時間の電車に乗った。ホームに滑り込んできた車両の窓の一つひとつを食い入るように見つめながら、こうして毎日、普通に誰かの生活が続いていたことに不思議な思いが込み上げてくる。 ぎゅうぎゅうで […] -
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第18回 実家が燃えたはなし
たまに話の流れで、実家が火事になったことがあるという話をすると、目の前の相手の表情がすっと曇る。恐る恐るといった感じで当時の状況を尋ねてくれる優しい人たちの困惑した様子を見ながら、あぁまたやってしまったなと反省するの […]