第5回 本を音で読む・後編

前回、オーディオブックが真にアクセシブルなものになるための課題として、コンテンツの量的充実と、サイト・アプリのアクセシビリティ対応をあげた。後者は事業者の対応に期待したいが、前者は出版社が取り組むべき課題だ。小学館でも近年、作品点数増に力を入れている。

コンテンツを増やすにあたり、おそらく多くの版元にとってハードルとなるのは、著作権者の許諾を得る権利処理作業、音源制作作業の2点だろう。

オーディオブックは本の内容をそのまま読み上げるため、小説やエッセイなど、いわゆる文字ものはいいが、コミック・写真集・絵本などビジュアルがメインのものは音声化に向かない。出版物のタイプにより向き不向きがあるので、企画時や出版契約時に、事前に音声化を見込んで包括的な許諾を得るのは難しく、どうしても刊行後の個別対応にならざるを得ない。出版のフローに組み込みにくい、と言ってもいい。

音源の制作には一般に3、4カ月かかるとされる(作品の長短・難易度により大きく変わる)。試してみるとわかるが、間違えたりすることなく本の内容を読み上げることは素人には不可能で、プロでも難しいとされ、収録には実際の仕上がりの3倍ほどの時間がかかるという。さらにその数倍の時間が編集・加工にかかるのだ。この部分は人力が関わるため、短縮や効率化は容易ではない。

テキストデータを音声に変換する音声合成技術が制作の負担を軽減・解消してくれる可能性もある。ただ、クオリティの高い技術が出てきてはいるが、小説にも使えるのか、長時間でも問題ないのか、という点でまだ解決すべき点が残る。

将来的には、小説やエッセイやボイスドラマなど、ある程度の演技・演出が必要とされるものは人が読むかたちで制作され、ノンフィクションやニュースなどフラットに読んだほうがいいものは音声合成で、と二極化していくだろう。

出版社が制作するものではないが、音訳図書(録音図書とも)についてもふれておこう。音訳は書籍・雑誌など視覚情報(文字)を聴覚情報(音声)に翻訳することで、朗読とは別のものだとされている。主にボランティアが読み手をつとめるため、オーディオブックのように内容に合う読み手を複数の候補から選ぶといったことは通常はされない。またボランティアには高齢者が多いとされるため、内容とのミスマッチ(主要登場人物が若者の作品が高齢者の声で読まれるなど)が生じることもあるという。

点字図書館や公共図書館によってつくられた音訳図書は、全国視覚障害者情報提供施設協会が運営するサピエで情報共有されている。サピエは「視覚障害者を始め、目で文字を読むことが困難な方々に対して、さまざまな情報を点字、音声データで提供するネットワーク」(サイトより)で、障害当事者は登録すれば、居住エリアを問わず利用することができる。

(木村匡志/小学館 アクセシブル・ブックス事業室)
(本紙「新文化」2024年5月9日号掲載)