第29回 子どもに還る場所

歯医者さんが好きだ。伯父が歯科医で子どもの頃から診療室は馴染の場所だ。診察用の動く椅子もロボットみたいでワクワクしたし、何より、伯父に溺愛されていたので、診療所は子どもの私が甘やかされる場所だった。

高校生になると、伯父のところで〝受付+α〟の簡単なバイトをし、高額のお小遣いをもらっていた。そんな大好きな伯父も亡くなり、この10年は沿線の診療所に通っている。

おそらく60代くらいと思われるご夫婦で経営しているその診療所に、初めて行ったときのこと。治療を終えて会計をしている時に、受付に副院長である奥様があらわれ、
「これあげるわね」
とディズニープリンセスのシールを渡された。キラキラしてかわいかったので、歓声をあげて受け取ったからだろうか。治療を頑張った子どもたちにあげるために用意しているであろう景品を、毎回、最後に渡されるようになった。

「りえちゃんの服装と合わせて、今日はこれね」
と差し出されたのは私のワンピースと同じ緑色の恐竜の消しゴム。私の呼び方も、いつしか「りえちゃん」になっている。カルテも見ているし、年齢も知っているはずだ。子どもがいないってことも、たぶん知っている。検診とクリーニングで月に一回訪れる。そのたびコレクションはどんどん増えていく。もしかしたら、この空間にいる私は、思いっきり甘やかされた、小さな子どもなのかもしれない。コレクションとともに、小さな私が幸せに膨れていく。

現在、EHONSでは「わたしに ひそむ こども」と題し、酒井駒子さんの企画の準備の真っ最中。今回グッズ化を手掛けた作品の一つが、私の大好きな『金曜日の砂糖ちゃん』(偕成社、酒井駒子作)。まだ、世界の境界線が曖昧だった子どもの頃を思い出す。絵本を開くと子どもしか存在できないあの空間がぽっかりとあらわれ、私は飲み込まれる。しんと静かで、ちょっと不安で、でもあたたかく守られているあの場所。

誰もがきゅっと胸を締め付けられるように懐かしく想う、そんな感覚を呼び覚ませるような売場にしたいという気持ちで、グッズを手掛けた。果たしてみなさんに伝わるか、最後の宣伝や告知準備の作業に追われている。大変だけど、お披露目までの楽しい時間。

白く清潔で明るい診療室。一歩足を踏み入れると、今でも自分がぎゅっと小さな子どもに戻ったような感覚に陥る。来月は、どんなコレクションが増えるんだろうか。期待している小さな私がいる。

(本紙「新文化」2024年5月9日号掲載)

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