第3回 「本」に選択肢を

バリアフリーでアクセシブルな出版物がどのようなものであるべきなのかは、読書困難者の「困難」がどこにあるのかにより変わるため、簡単に集約することはできない。すべてをカバーする最適で単一のかたちはない、ということだ。

紙の本をそのままのかたちでは読めない読者に「本」を届ける方法としては、電子化・音声化・点字化といった方法がある。

現在では多くの出版物が電子化されていて、紙の本と同時に発売されることも当たり前になっている。

電子書籍のもっとも一般的なデータ形式は「EPUB」で、紙面が固定された「フィックス型」と文字組みなどを自由に変更できる「リフロー型」がある。フィックス型は主に雑誌やコミックなどで、リフロー型は主に小説など文字もので使われている。いずれも電子デバイスで読め、拡大が可能で、リフロー型の場合は音声合成技術(人工的に音声を生成する技術)を使った読み上げに対応していることから、読書困難者にとってのメリットはより大きなものとなる。

音声化には、人が読む方法と音声合成を使う方法がある。前者には、声優などが本の内容を読み上げて商品化したオーディオブックと、公共図書館や点字図書館などで主にボランティアが読み上げたものを録音した音訳図書と呼ばれるものがある。

文字で書かれた本の内容を点字にした(「点訳」という)点字図書は、点字図書館などで制作されている。市販はされていないが、障害当事者であれば、公共図書館や点字図書館で利用することができる。

このように、本をアクセシブルなものにするにはいくつかの方法があるが、それぞれに問題・課題がある。出版物にこれら複数の形態が選択肢として用意され、読書困難者が自分に合ったかたちを選べるようになるのが理想だが、新刊刊行時に複数の選択肢が用意されている出版物は残念ながらきわめて少ない。

小学館では、2022年に『だれも私たちに「失格の烙印」を押すことはできない』(キム・ウォニョン著、五十嵐真希訳)を刊行。この本では、紙版・電子版(リフロー型)・音声版(オーディオブック)を同時発売とし、テキストデータ提供にも対応した。日本点字図書館の協力を得て、テキストDAISY版、音声DAISY版、点字版も用意した。読書のかたちとしては7つの選択肢がほぼ同時に用意されたことになる。

すべての出版物にこれだけの選択肢を必ず用意すべきということではないが、紙の本のほかに、電子版(できればリフロー型で)や音声版を用意すること、テキストデータ提供に対応すること、この3つは、手間や費用の問題はあるものの、出版社が主体的に用意することのできるアクセシブルな選択肢といえよう。

(木村匡志/小学館 アクセシブル・ブックス事業室)
(本紙「新文化」2024年3月14日号掲載)