嬉しい出来事があった。穂高明『これからの誕生日』(双葉文庫)が刊行から10年経って重版され、再び読者に届けられるというお知らせがあったのだ。
本書の主人公は、バス事故から一人だけ生き残った千春という少女だ。当事者でない人にとって、ひとつの事故や事件は、次々と起こる新しい出来事に覆い隠され消費されてゆく。しかし、当事者たちの苦しみは果てしなく続くのだ。「当事者ではない僕たちができることは何だろうか?」と問いを投げかける名作である。東日本大震災のあと、何もできない自分を嫌っていた時期に出合い、また前に進むための道にあかりを灯してくれた。
能登半島地震の発生に際し、今こそ本書が必要だと感じた。小学館の文芸サイト「小説丸」の連載で2月に、その想いを書かせていただいたのだが、文庫化されて10年が経過し、品切・重版未定だった。
それがきっかけということもないのだが、今こそ本書と読者が出合ってほしいという想いを共有いただいた双葉社さんに、ただただ感謝している。
僕は、本を販売することを生業としている人だけが「本屋」ではなく、「本との出合いをつくる人」「本と読者を繋ぐ人」もまた「本屋」だと考えている。縮小傾向の書店業界だが、本屋はどんどん増えている。広がりつつある小さな出版界隈を支えていているのは、本の可能性を信じ、本との出合いをつくる人たちだ。
今は本書を直接読者に届けることはできないが、これからもその一人であり続けたいと思っている。
(本紙「新文化」2024年4月18日号掲載)