第96回 仕事で落下

ついにやってしまった。本番中、劇場のステージから落下。余興で着た借り物のドレスの裾を踏んでしまい、つるっと滑ってぽーんと背中から客席にダイブしたのである。

着地した瞬間は息が詰まったが、恥ずかしさのあまり、何事もなかったかのように這い上がって、最後まで踊り続けた。もし人の目がなければ、しばらく床で伸びていただろう。あの時のように。

書店の閉店後、ひとりで脚立のてっぺんまで登って、翌日開催するサイン会の看板を吊るそうとしていた。ところが看板は身長より大きく、手こずるうちにバランスを崩して落下。危険だからひとりではやるな、と上司に言われていたが、今日のうちにやってしまおうと無理をしたのだ。

その時も着地は背中からで、痛みとショックで立ち上がる気になれず、終電まで逃して踏んだり蹴ったりであった。

仕事で無理をすることは、決して美徳ではない。

踊り子歴15年のお姐さんは、新人の私に「無理をせず長く続けることがいちばん大事」と教えてくれた。怪我をして舞台に穴を開ければ、努力は水の泡だ。

早番が出勤して、変わり果てた新井の姿を発見するほど迷惑なことはないだろう。無理をしないことを、心に強く誓った。

(新井見枝香)

(本紙「新文化」2023年4月27日号掲載)