好きな書店は? と聞かれれば、「八重洲ブックセンター本店」「明正堂アトレ上野店」「三省堂書店有楽町店」の3店舗を挙げていたが、気付けばもう、そのうちのひとつしか残っていない。
お気に入りの小さな書店はいくつか増えたが、私にとって書店の王道とは、先に挙げたような、ミーハーな本も硬い本も全力で売る、ごった煮みたいな場所なのである。
店主によって吟味された棚をつくれば、おのずとその書店の客層は決まってくる。店への道を歩いていると、前を行く人が自分と同じ目的でそこを歩いているかが、なんとなく雰囲気でわかるあの感じも、確かに悪くない。
しかし東京駅の八重洲口から吐き出された人たちのなかで、一体どの人が八重洲ブックセンターのビルに吸い込まれるのかは、皆目見当がつかない。
自分だって、人から見れば意外かもしれないのだ。エレベーターには、およそ同じ店に用があるとは思えない人たちが乗り合わせる。そういうなかで本を選ぶとき、なぜか平和な気持ちになれるのだ。
複数の書店員の知識やセンスが積み重なり、混ざり合ってつくり上げたカラーは、まさに様々な旨味で偶然出来上がった、その店独自のごった煮で、私はただその味が好きなのだ。
(新井見枝香)
(本紙「新文化」2023年4月13日号掲載)