友人が直木賞を受賞してからというもの、直接の知り合いならまだしも、顔も名前も知らない人から、SNSのコメントやDMで「おめでとうございます」と祝福され、なんとなく「ありがとうございます」と答え続けている。
しかし不思議だ。私は別に何もしていないし、礼を言ういわれもない。「次は新井さんですね」などと無邪気に言われると、面倒くさいので「はい、がんばります」と答えているが、私が書いているのはエッセイである。小説とエッセイの区別もつかない人は、直木賞の何をもって、おめでたいと感じているのか。
知り合い(ではないのだが)の知り合いが受賞したからと、本を購入することはあるだろう。重版された大量の受賞作は、ひなびた温泉街の小さな書店にも、ちゃんと複数冊積まれるのだ。いくら減ったとはいえ、この日本にいくつ書店があると思っている。各店舗に1冊ずつ配本しても、膨大な数が必要だ。なかには100冊200冊必要な店もあるだろう。
そういう意味では、業界の人間として「おめでとうございます」と言われるのは納得だし、確実に恩恵を受けるのだから、世界に向かって「ありがとうございます」と手を合わせるのは、正しい行いである気がしないでもない。
(新井見枝香/HMV&BOOKS SHIBUYA)
(本紙「新文化」2023年2月16日号掲載)