第86回 色紙って何？

　ラーメン屋で注文を済ませ手持ち無沙汰になると、壁に並んだ芸能人の色紙を見上げる。彼らは名誉に関わるから、不味い店に色紙は残さないだろう。初めて入った店なら期待が高まるし、行きつけの店なら、なんだか誇らしい。舌で感じる美味しさが、ほんの少し上乗せされることもあるかもしれない。

　しかし壁に並ぶ作家の色紙を見て、ここはいい書店なんだろう、とは思わない。作家にとって一番可愛いのは自分の本であり、本を買いに来たお客とは視点が違うからだ。それは書籍の展開場所に展示されるサイン色紙にも、同じことが言える。

　新刊発売時に来店したか、出版社から送られてきたかしたその色紙には「○○書店さんへ」とあり、サインとともに「いつもありがとうございます」や「よろしくお願いいたします」といったコメントが添えられている。

　色紙に書かれてはいるが、ちょっといい紙に書いたＰＯＰのような意味なのかもしれない。だが、それは書店員による販促ＰＯＰとは違い、本の内容への期待値とは無関係だ。

　自分で作ったラーメンに色紙を書く店主がいるだろうか。新刊発売時に出版社から依頼された色紙を何十枚と書くことで貴重な一日を費やす作家を見て、ふと思った。