第85回 書店研修の彼

 週刊誌の「女性自身」を発行している光文社から、取材の依頼があった。昨今、そういった連絡はツイッターのダイレクトメッセージで受けることが多いが、それは珍しく、出演中の劇場に届いた直筆の手紙だった。
 そこには、連載コーナー「シリーズ人間」で私を特集したい旨が丁寧に綴られ、末尾に、担当者の同僚だという、とても珍しい、けれど懐かしい名字が付け加えられていた。光文社に入社してすぐ、私が勤める書店で2週間研修をした、あの背の高い男性だ。
 毎年、様々な出版社から数名の新入社員が研修にやって来る。レジ業務から仕分けや納品、返品作業まで一通り体験することで、自分たちがつくる商品の流通を知ると同時に、今後仕事をしていくうえでの人脈づくりにもなる。実際、彼らが一人前になって初めて担当した書籍と聞けば、親戚のおばちゃんみたいな気持ちで応援したくなるのだった。
 担当者に会い、彼の話を聞くと、編集部でも信頼され、可愛がられていることが伝わり、研修期間が終わるのが残念だったことを思い出した。コーナーの取材対象者を選ぶ際、彼の一声が決め手になったことは想像に難くない。あの研修で人脈を広げたのは、彼ではなく私だったのだ。

(新井見枝香/HMV&BOOKS SHIBUYA)

(本紙「新文化」2022年11月10日号掲載)