高校生の頃、上野駅構内の居酒屋でアルバイトをしたことがある。あの頃はまだ、地下通路の脇にホームレスの人や酔い潰れた人が座っていて、治安がいいとは言えない場所だった。
瓶ビール用のサッポロだかキリンだかのロゴがプリントされた小さなコップがびっしり乗ったトレイを、ひっくり返して叱られた記憶しか残っていないくらい、昔の話だ。
それからアトレ上野ができて、その中に台東区民おなじみの書店「明正堂」が入ったことが、本当にうれしかったことを憶えている。通勤通学や旅行者でいつも賑わっていて、車中で読む文庫本や動物園に来た人向けのパンダ本、美術館関連の本がしっかりと展開されていた。
私が書店員になってからは、日本一の売上げ記録をもつ本がいくつもあることを知って、なぜか誇らしい気持ちになったものだ。
しかし残念ながら、このエッセイが掲載される頃には、閉店日を迎えている。いまだに信じられないが、私が働いていた居酒屋だって、きっと誰かに惜しまれつつ閉店したし、悔しい思いをした人もいただろう。それでも別の仕事を見つけて、今を生きているはずだ。それはごく当たり前のこと。絶対になくならないお店なんて、この世にはないのである。
(新井見枝香/HMV&BOOKS SHIBUYA)
(本紙「新文化」2022年5月19日号掲載)