板前が握ったばかりの寿司は、確かに美しい。しっとりと艶やかで、つい写真に収めたくなる。だがアングルを調整したり、写り込むおしぼりをどかしたりしているうちに、寿司はみるみる輝きを失い、味は落ちていく。
本当の寿司好きこそ、目の前に供されたら、矢も楯もたまらんと口に放り込むものではないだろうか。しかし、なかには「ビジネス寿司好き」と思しき人もいる。あらゆる角度から撮影された、非の打ち所のない寿司をSNSで見かけると、「はよ食べぇや」とヤキモキしてしまう。
「ビジネス不仲」という言葉がアイドル業界などで聞かれたが、つまりセルフプロデュース的に何かを装うことを「ビジネス○○」と言う。どんなメリットがあるのかは不明だが、寿司屋で安くない代金を払って乾いた寿司を食べてまで、寿司が好きな人と思われたいのだろう。
そして、寿司屋にいるなら、本屋にも「ビジネス本好き」がいるかもしれない。本好きといえば知的なイメージがある。かくいう私だって、そうではないとは言い切れない。買った本を映えるように撮影して「早く読みたいな~」などと投稿している暇があれば、1行でも読むほうが、本当の本好きと言えるのではないか。なんだか墓穴を掘ってしまった。
(新井見枝香/HMV&BOOKS HIBIYA COTTAGE)
(本紙「新文化」2020年9月3日号掲載)