先日、2泊3日で山形県の肘折温泉に出掛けた。体の痛みや疲労回復などに高い効果があるとされ、本気の湯治場としても有名である。湯治とは本来、療養目的で長期間滞留することだ。たった2、3日では、旅の行き帰りの疲れが温泉の効果を上回って【本末転倒】だろう。
それは、旅から戻った翌日のことである。出勤して荷物を開けると、資源の無駄遣いによる地球環境の破壊を訴える専門的な書籍が、注文もしていないのに大量に配本されていた。おそらく、全てを返品することになるだろう。その本で守ろうとした地球を、自らが破壊しているような、見事な【本末転倒】っぷりであった。
ところで温泉旅であるが、さすが湯治場、遊興施設も、遅くまで開いている飲み屋もないため、ただひたすら湯に浸かり、近くの山で採れた山菜や茸の滋味深い食事を摂り、酒も飲まず、ストレッチなどしてとっとと眠った。おかげで、旅行に付きものの寝不足や、食べ過ぎ飲み過ぎによる胃腸の不具合もなく、翌日の早番から絶好調であった。よって、実際は【本末転倒】ではない温泉旅となったのであり、「肘折温泉が最高」ということしか読者の記憶には残らない【本末転倒】甚だしいエッセイになってしまった次第である。
(新井見枝香/HMV&BOOKS HIBIYA COTTAGE)
(2019年12月12日更新 / 本紙「新文化」2019年12月5日号掲載)