ポストに封書を投函できないまま、もう2週間も経ってしまった。ラブレターではなく請求書なので、躊躇っているわけではない。白かった封筒は鞄の中で黒ずみ、ボールペンで書いた番地が、何かの水分で滲んでいる。電車で行けば30分もかからない近さなのに、いつまで経っても発送ができない。
これは不治の病だ。鞄から出して、手に持って家を出ても、会社に着いて、握りしめた封書を見て愕然とする。仕事帰り、手のひらに「ポスト」と書いておけば、なぜかコンビニで「週刊ポスト」を買っている。もちろん封書は鞄の中だ。これは重症だ。もしかして、私の知らぬ間に都内のポストはすべて撤去されたのだろうか。ポストが視界に入れば、さすがに思い出すはずである。それとも、赤ではない何色かに、令和元年から切り替わったのか。私の病はますます治らない。
類似の病に「カードの磁気が必ず弱い病」や「使い捨てコンタクトレンズの左だけが早く減る病」「靴下のかかとがいつの間にか甲のほうにまわってしまう病」などがあるが、それらは私ではなく、翻訳家の岸本佐知子さんの持病だ。心当たりがある方は、岸本さんのエッセイ『ひみつのしつもん』を、お早めに読まれたし。
(新井見枝香/HMV&BOOKS HIBIYA COTTAGE)
(本紙「新文化」2019年11月7日号掲載)