第9回 古くてあたらしい仕事

 床にペタンとお尻をついて、自分の背丈より高い本棚いっぱいにつまったたくさんの絵本を前に目を輝かせている。「なんでも好きなものを1冊選んでおいで」と、隣りの部屋から両親の声がする。小さい頃を思い出すとき、いつでもいっとう先に浮かんでくる、読書の原体験。物心ついたときにはすでに私の家には本棚いっぱいの絵本があって、眠る前に1冊読み聞かせをしてもらう決まりになっていた。
 お風呂上がりのまだホカホカした体のまま、本棚の前に座り込んで一丁前に悩んで1冊を選ぶ。タンポポで雛人形をつくる絵本がお気に入りで、夏でも冬でも関係なく選んでいたことを思い出す。
 推理小説を趣味でたしなむ程度の両親のもとにどうしてこれほどたくさんの絵本があるのか不思議で、ある日、母にたずねてみた。私がまだ母のお腹にいる頃、職場で流れていたラジオからふいに「人気の絵本○○冊セット○万円」というコマーシャルが聞こえてきて、思わず注文先の電話番号を書き留めたという。
 20歳で嫁いだ母は、21歳で私を産んだ。若い母が、走り書きした数字に目を落としながらボタンを押す様子を想像する。「高くなかった?」と聞いたら「ローンを組んで毎月少しずつ払ったよ」と笑っていた。
 進学を機に東京で暮らし始めると、毎日のように書店へ足を運ぶようになった。毎日毎日、定点観測のように店中の棚を見て回る。必ず新しい本に出合えるのが楽しくて、ひとりで何時間もぐるぐる歩きまわった。
 27歳で書店に転職して、人生で初めて、本の話ができる友人ができた。彼女は私と一緒に何時間でも書店をぐるぐるしてくれて、時には私以上にぐるぐるしていた。18時に仕事が終わると、そのまま棚の間を行ったり来たりしながら閉店間近まで話した。彼女は人文書を、私は海外文学をおすすめしあう。お互い転職組で書店員1年生で、まだどこにも属しきれないモラトリアムな時間が流れる世界にふたりきりで取り残されたみたいだった。
 夏葉社の島田潤一郎さんの『古くてあたらしい仕事』(新潮社)を読んでいる間ずっと、島田さんから「あなたはどんな風に本と出合ってきましたか?」と問い続けられているような気がしていた。私はこんな風につきあってきました。本の話ができる友人もたくさんできました。相変わらず長時間ぐるぐるしています。
 「大切なのは、待つことだ。自分がつくったものを、読者を信じて、できるだけ長いあいだ待つこと」
 いつか誰かの特別な1冊になり得る本を適切な場所に並べて、その日が来るまでともに静かに待ち続ける。私が目指すのは、そんな古くてあたらしい仕事。

(MARUZEN&ジュンク堂書店渋谷店)

(2019年12月19日更新  / 本紙「新文化」2019年12月12日号掲載)