近年、太宰治『人間失格』が中高生の人気を呼んでいる。2021年の学校読書調査では、高1男子の読んだ本の1位を獲得。18年の調査でも、高校女子の上位に入っていた。 たしかに『人間失格』は、読書感想文や各社の夏休み文庫キャンペーンなどの定番ではある。しかし、学校読書調査に近代文学の名作が入ることは、2000年代以降はほとんどなかった。それがなぜ、ここへきて急に人気を得てきたのか。
背景として考えられるのは、13年から連載が始まったKADOKAWAのマンガ「文豪ストレイドッグス」(以下「文スト」)や、16年にリリースされたスマホ向けゲーム「文豪とアルケミスト」(以下「文アル」)のヒットである。
両作とも太宰をはじめ芥川龍之介、江戸川乱歩ら近代文学の文豪をモチーフにした、異能の力を持つ同姓同名のキャラクターが登場。女性を中心に高い支持を得て、アニメ化、舞台化もされた(ちなみに「文スト」の小説版も、学校読書調査でランクインしている)。角川文庫は16年から、アニメ化に合わせて「文スト」のキャラをカバーにし、『人間失格』などを刊行する。
しかし単にそれだけの理由なら、同じ太宰作の『斜陽』や、中島敦『李陵・山月記』、芥川龍之介『羅生門・鼻・芋粥』なども、同様に人気が出るはずだ。加えて「文スト」や「文アル」には、太宰以上の人気キャラも存在する。にもかかわらず、江戸川乱歩を除けば、中高生には『人間失格』が突出して読まれているのである。
これらを鑑みると、太宰がモチーフのキャラの影響によって、作家・作品の認知が広がった、ということだけでは説明がつかない。小説の中身も合わせて見ていくべきだろう。
まず『人間失格』は、他の「文スト」「文アル」登場作品に比べ圧倒的に読みやすい。文章がリーダブルだし、現代史や文学史の知識がそれほどなくても、十分読める。全体の分量も短い。
次に主人公・葉三の人物像だ。葉三は自己卑下はするものの、本質的にはナルシスティックな性格に設定されている(そのうえ外見的にも美形で、異性には不自由しない人物である)。
さらに感傷的な筆の運び、生きづらさの描写、ふだんなかなか人に言えない本心を吐露するところは、住野よる作品などに通じるものがある。
また、作中で入水自殺(未遂)が描かれるが、周知のように太宰自身も入水自殺を遂げている。そのことから作中の人物と作家を同一視し、死が絡む〝(半)実話〟の恋物語として受容しやすい。そうした点は、TikTok売れしたライト文芸の代表作、『余命10年』にも通じる。
それにしても、昭和23(1948)年に発表された小説が、70年以上も後の2020年代の思春期の自意識に刺さっているというのは、驚くべきことだ。つまり『人間失格』は、この年代に支持される「普遍的なもの」を備え、指し示しているといえる。
と同時に、いくら不朽の名作であっても、関連するマンガやゲーム、アニメが人気を博すなどの大きなきっかけがなければ、発見されにくいことも明らかになった。
中身と認知とが両輪となって働いたがゆえに、『人間失格』はいま、若い世代に受け入れられ読まれているということだろう。
(2022年4月27日更新 / 本紙「新文化」2022年4月7日号掲載)