前回登場いただいた学研プラス・コンテンツ戦略室の目黒哲也氏は「5分後に意外な結末」シリーズのほかにも、一般書の「マナーとコツ」シリーズ(累計160万部)、小学生向けの「最強王図鑑」シリーズ(同150万部)、学参の「マドンナ古文」シリーズなど、ジャンルや年齢を問わず多くのヒット作をもつ編集者である。今回はそんな目黒氏が、10代向けの本をつくるうえで大切と考えることは何かを聞いた。
「大前提として、大人が楽しいと思うものは子どもも楽しいし、子どもがわかりやすいと思うものは大人にとってもわかりやすいと考えます。とくに中学生以上になると、感覚としては大人とほとんどいっしょかな、と。
ただし、目線は少し違います。たとえば子どもは『(自分は)このままで大丈夫かな』といった漠然とした不安感をもっていたり、保護者は保護者で『子どもって何を考えているのかさっぱりわからない』と心配していたりする。『ざんねんな偉人伝』(累計15万部)や、マンガ仕立ての『僕たちはまだ、仕事のことを何も知らない。』などは、その両者に安心してもらいたくて作りました」
「安心」は目黒氏の本作りにおける、キーワードのひとつだ。「シリアス一辺倒になったり説教くさくならないよう、笑える箇所を入れたり挿絵で中和するなど、なるべくひと息つける部分を入れるようにしています。これは児童書だから、というより、私自身の性格にもよりますが」。
さらに「物語の中でも、嫌な登場人物が別のところでは不愉快な目にあったり、逆にうまくいきすぎにならないように、自虐や卑屈っぽい部分を出してちょっと下げたり」して、幅広い読者が嫌悪感を抱かず気おくれもせずに読めるようバランスを取っているという。子どもも何かと競争を強いられ、不安に駆られがちな今の時代に、誰でも安心して入っていけるアジール(自由領域)としての本を作っている、と形容すればいいだろうか。
また目黒氏は、「改訂版」や「児童書版」を作るのが好きだとも話す。恐竜が滅びずに進化し続けたという架空の設定で描かれた図鑑『新恐竜』の児童書版が、その代表例だ。
「原作を徹底的に自分の中で消化して演出する、アニメーターの出崎統さんの作品が大好きだったんです。たとえばアニメ『宝島』に出てくるジョン・シルバーはかっこいい大人の象徴ですが、原作小説を読むと全然違う(笑)」。
なるほど、そのスタンスは、元の企画や文章の枝葉を整理して本質を浮かび上がらせ、読者に対して優しく/易しく表現する、目黒氏の仕事に通じている。
1960年代に、児童文学界では抄訳・再話排斥の声が高まった。大人向けの名著を子ども向けに翻案・改作した世界名作全集の類いは、「原作を損ねる悪」と批判され、姿を消していった。しかし現在、児童文庫などでは抄訳・翻案の復活が見られる。
目黒氏の仕事もまた、「名作・名企画をリファインして今の読者に届ける」という試みを、最良のかたちで継承したものといえるだろう。
(2021年8月12日更新 / 本紙「新文化」2021年8月5日号掲載)