韓国の漫画・ウェブトゥーン業界では、日本のマンガ業界のように、作家と二人三脚で作品づくりに関わるタイプの編集者は一般的でなく、漫画雑誌1冊につき、現場の編集者は3人前後というのが珍しくなかった。ウェブトゥーンのポータルサイトの担当者は、ひとりで数十人の作家とやりとりしたが、その主たる業務は進行管理と納品チェックだった。
とくにウェブトゥーン時代になると、作品づくりから読者とのやりとり、交渉や契約に至るまで、ほとんどが作家の仕事になり、「作家まかせ」化が進んだ。
そんな状態から脱却して作家の負担を軽減すべく、2009年からエージェント会社が登場し始めた。彼らは作家に代わってポータルサイトと交渉し、版権管理などを担った。とはいえ映像化のオファーが舞い込み、エージェンシーにも報酬を支払えるような作家は、ほんの一握りに過ぎなかった。
やがて徐々に、エージェント(契約代行)からマネジメント(作品企画、広告依頼、作家のサポートなど)にまで事業を拡張し、さらに作品制作も手がけるCP(コンテンツ・プロパイダ)が登場する。たとえば韓日で自らもマンガ原作者として活躍し、『新暗行御史』をヒットさせたユン・イナンが設立したYLABは、「ウェブトゥーン制作にPD(プロデューサー)を導入したCP」の嚆矢的存在だ。
ユンによれば、参照にした項のひとつは、日本マンガ式の作品内容に寄り添う編集者、もうひとつは北米マーベル式の映像化や、ひとつの世界観のもと、複数作品を展開するユニバース化を見越したコンテンツ・プロデューサーだったという。
韓国でも、ゲームや映画、ドラマ、音楽にはPDがいて、プロジェクトやクリエイターを導きサポートしている。しかし漫画にはそういう存在はいない。これではクオリティコントロールやIP展開にも限界があり、作家は疲弊してしまう--というのがユンの問題意識であり、YLAB設立の動機だった。
2000年代には、多くのウェブトゥーン作家はポータルサイトから原稿料をもらうだけだったが、13年のレジン登場以降、課金導入により市場が拡大し、売上げのアップサイドが跳ねた。
また、多くのプラットフォームが、「原稿を受け取った後で支払う」原稿料制度ではなく、「収益の見込みに基づき先払いする」MG(ミニマムギャランティ)制度を採用し始める。このビジネスモデルの変更によって、PDの雇用と集団分業制作が可能になり、CPが乱立した。
もっとも今度は、企画から各工程のクリエイターのアサイン(割り当て)、進行管理、宣伝、版権管理・交渉まで、ほとんどの仕事が「PDまかせ」になる現場も発生してしまう。PDという仕事自体が未だ新奇で不定形だったため人材不足に陥るなど、試行錯誤の連続だった。
それでもYLABやREDICE STUDIOなど、成功を収めたCPもあった。そこでは韓国と日本、アメリカのコミック制作や二次展開のノウハウが、課金化・国際化以降のウェブトゥーン産業に適合するかたちで融合していた。
(本紙「新文化」2025年3月13日号掲載)