「本」ではなく「本屋」を売り、「待ち」の本屋ではなく、「まち」に出ることで活路を見出そうとした人がいる。現在の僕の活動の根底にある「本のあるまちづくり」という考え方は、この人と一緒に仕事をした経験が非常に大きい。さわや書店時代の元同僚の栗澤順一氏だ。
本屋は地域にとって情報のハブになることができる。本を介在させながら、人と人、人とモノ、人と地域、地域と地域をつなぐ本屋があってもいい。基本的には本というものを知らない人はいないから、本は商売の入り口に立ちやすい商材であり、暮らしのなかにあるほぼすべてのコトやモノと紐づけることができる。買ってもらえるか分からないが、話を聞いてもらいやすい。だから、さまざまな可能性を模索することができるのはないか――。と夜な夜な居酒屋で酒に飲まれながら熱く語っていた栗澤さんを思い出す。
この賞をきっかけに受賞作を知り、読んでみたいと思ってもらうことが目標なのだが、選考委員が「いちばん売りたい」の基準の違い、それぞれの作品に対する読みの深さと考察する視点の違いについて交わす激論がとくに興味深かった。もちろん、嗜好の違いはあるのだが、とにかく時代小説に対する愛に溢れていた。
配達から脱却し、本のあるまちの姿を提案し、その役割として「本屋」を売ることが彼の仕事となっている。地域住人から本の寄贈を募って、図書館併設型のデイサービスセンター設立に参画したことから始まり、盛岡市内の公共機関や企業が主催するイベントのコーディネートまでを引き受けるなど、これまでの書店員像とは違う視点でまちを駆け回る栗澤さんから学ぶことは多い。
2月22日に、栗澤さんの活動をまとめた『本屋、地元に生きる』(KADOKAWA)が出版される。本屋にできることはまだまだありそうだ。
(本紙「新文化」2023年2月9日号掲載)