本のアクセシブル化には、リフロー型の電子書籍があればいいのかというと、事はそう簡単ではない。全盲のスーダン人、モハメド・オマル・アブディンさんは著書『日本語とにらめっこ 見えないぼくの学習奮闘記』(白水社)でこう訴えている。「キンドルは目の見える人が操作することを考えてつくられていますから、目が見えないと、操作もなかなかできません」「学術書はほとんどないので、ぼくにはあまり役に立ちません」。学術書を繙き、引用しながら論文を書く、といった晴眼者にはごく当たり前のことが、電子書籍が充実してきた今もなお視覚障害者には高い壁となっているのだ。
電子書籍ではカバーできていない用途・目的に応えるため、本の購入者にテキストデータを提供している出版社がある。テキストデータ提供に対応した本には、奥付など巻末に、その旨が明示されている。ページに印刷された購入証明(クーポン)を切り取って指定の場所に送付させる方法と、二次元コードやURLを表示してオンライン上で申込みをさせる方法がある。いずれの場合も、利用者は購入者であることを証明し、出版社からデータを提供してもらう流れとなる。
本のデータを外部に提供するというと、漏洩・不正利用などが心配になる人もいるだろう。申込み時に購入者の情報を記入させることが不正利用の抑止となり得るが、コミックの海賊版の横行を見てもあきらかなように、どれだけDRMなどの技術を駆使しても取り締まりを厳しくしても、不正利用を完全に防ぐことは難しい。ただ、文字ものの場合は、印刷データならともかくプレーンなテキストデータだけでは、それによって利益を得るような不正利用は考えにくい。現にテキストデータでの「読書」を望む読者がいる以上、漏洩が不安という理由だけでおよび腰になるのではなく、適切なデータの提供・管理方法をどうするかを考えることも含め、出版社が取り組むべき選択肢のひとつではないかと思う。
早くからテキストデータ提供に取り組んできた現代書館の事例が、「ABSC準備会レポート」創刊号(現「ABSCレポート」)で、問合せ対応のひな型とともに紹介されている。これから取り組んでみようという出版社にとって大いに参考になるだろう。
また、点訳という方法もある。点字用紙は大きさが決まっており、その形態的な特徴故に両面に印字することができないため、1冊の本を点訳しようとすると、大きめのファイル数冊もの分量になってしまう。制作の負担も大きく、管理・運用上の手間も大きいのだが、テキストデータがあれば、点字ディスプレイ(テキストデータを点字データに変換する機器)を使って個人が手元で点訳することができる。機器自体もコンパクトで、点字化した資料を保管・運搬するときのような負担もない。