第27回 日常にひそむ不思議

春一番が吹き荒れたある日のこと。強風のせいで遅延している電車はなかなか進まない。やっと次の駅に着いたと思ったら、「バチン」と車内が真っ暗になった。アナウンスもない。しばらくすると何事もなく灯りがつき、電車は扉を閉めると走りはじめた。いつもと変わらない、満員電車の風景。え? 停電あったよね。私だけが、一人取り残されたような不思議な気持ちでぼんやりとあたりを見渡す。まだなんとなく現実と同化できない私は、閉め出された「あっち側」の世界に思いを馳せるのだ。

日常生活の地続きにあるファンタジーが子どものころから好きだった。特に何度も読んだのは『森からのてがみ』(ポプラ社、舟崎克彦作・絵)に収録されていた「クレヨンの家」だ。

「もしきみがたいくつをしているなら、いいことをおしえてあげましょうか」

と物語ははじまる。紙を用意して(それもしわしわではない、きれいな紙じゃなくっちゃいけないのだ!)、えんぴつでおまじないを書く。

「オモテサンドウィッチをひとつ」

その紙で紙飛行機を折ったら部屋の窓からえいっと飛ばす。(このときも行先をみてはいけない!)そうすると郵便受けに小包でクレヨンが届く。それをまた自分の部屋に置いて扉を閉め、10数えてからもう一度扉を開けると、やっと物語がはじまるのだ。

この本の男の子の場合は、扉を開けると自分の色に不満をもつクレヨンたちに、持ち主がなんとかせよと詰め寄られる。主人公は、自分の大きさほどのクレヨンたちを抱きかかえ、逆さまにして次々に塗り潰していく。最後の一本を塗り終えたところでふと我に返ると、その色は壁に映った自分の影の色だったというお話だ。私には何が起こるのだろうと、何度やってみただろう!

私の部屋の窓はマンションの共用廊下に面していて黒い格子がついていた。その狭い隙間から、えいっと同じようにやってみる。なにもおこらない。心のなかで「そうだよね」と「もしかしたら」がぐるぐるする。「気づいてないだけで本当は届いていたかもしれない」なんて、今でも確かめたい衝動にかられるのだ。

残念ながら私の読んでいた本は品切れになってしまったけれど、『クレヨンマジック』(鈴木出版、舟崎克彦作・出久根育絵)というタイトルで今も店頭に並んでいる。出久根さんの絵も、子供部屋からなんなく不思議な世界の更に深いところまでいざなってくれる。しばらくやっていないけれど、たいくつしたらやってみようかな。

(本紙「新文化」2024年3月7日号掲載)

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