第56回小さなまちの小さな店

私事で恐縮ですが、この度、父が他界しました。家業である本屋を廃業した後は、残念ながら仲が良いとは言えない親子関係ではあったが、地方における本屋の可能性と続けることの厳しさを教えてくれた人は、父だった。

小さなまちの小さな店だったが、まちに一つの本屋ということで、幅広いジャンルを取り揃えた店だった。とくに農業を中心とした地域・まちづくりに関する書籍の割合が多かったのは、父のこだわりだった。近隣の都市部に行けばたくさん本が並んでいる本屋があるけど、歩いて行ける場所にあるここじゃないと本を買えない人たちがたくさんいる、と棚には本が詰まっていた。

父親が創っていた棚と店。ひいき目ではなく、今でもいいお店だったと思っている。あのまちの課題や住人の興味を反映した本が数多く並んでいた。父が経営していた時代は、店内に語夢万里文庫という学びの場があり、父が蔵書を開放し、まちの若者が集まりまちづくりについて夜な夜な飲んで語る場となっていた。

書店は文化という人もいるが、文化は書店というフィルターを通じて、本を買った地域の皆さんがつくるという考えは、ここで培ったものである。一方で、それがイコール売れる店とは限らないという現実を認識することにもなった。

棺に、一冊だけ本を入れることを許された。父が愛読していた増刊現代農業のうち、もっとも読み込んでいた「地域から変わる日本」特集を持たせた。ありがとう。

(本紙「新文化」2023年4月20日号掲載)

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