米澤穂信〈古典部〉シリーズ(以下〈古典部〉)は、2010年以降現在に至るまで、10年にわたり学校読書調査上で、高校生男子に人気の学園ミステリー作品である。
このシリーズでは思春期らしい自意識が描かれ、終盤にどんでん返しがあり、登場人物たちが真情を爆発させる。こうした「自意識+どんでん返し+真情爆発」は、他にも住野よるの諸作など、中高生に人気の作品によく見られる「型」のひとつである。
主人公の高校生・折木奉太郎は、推理能力には長けているが面倒くさがりで、友人の福部智志を除いては、基本的に周囲の人間と距離をおいている。斜に構えた彼の性格は、本を読む高校生男子が、自らを重ね合わせやすい造形だ。
その折木が、学園内で巻き込まれたり依頼されたりして直面する事件の多くは、人が死なない「日常の謎」と呼ばれるもの。そこに思春期らしい、他人にはなかなか言えない高校生たちの心の叫びが絡む。 高校生たちが日々遭遇するクラス内や部活でのあつれき、周りと比べて自分の才能のなさに打ちひしがれる姿、親や地域の大人との関係のなかで感じる窮屈さや遠慮などが描かれていく。
学校読書調査の人気作品を横断的に眺めてみると、中高生は正負の両方で感情を揺さぶられることを、小説に求める傾向にあるようだ。
〈古典部〉では、折木たち部員同士の会話のやりとりは軽妙で、推理がみごと当たって謎が解けたときの爽快感もある。一方で青春の蹉跌や苦みも描かれ、読者にとって感情の振れ幅は十分にある。
ただこの作品は、「自意識+どんでん返し+真情爆発」タイプには属するものの、主人公は自身の内面を他者に思い切り吐き出すことがなく、秘めた本心を吐露するのは、大抵ほかの人物。また「人が死なない」こともあり、感情の昂ぶりの描写は控えめだ。恋愛描写も奥ゆかしい。
また中高生の人気作品に共通の要素として、タイトルなどにより「読む前から読後感がわかり、とりつきやすい」ことがあるが、<古典部>はそれともまた異なる。例えば『氷菓』『愚者のエンドロール』など各巻のタイトルからは、事前にどんな物語なのかを想像するのは難しい。
「わかりやすさ」という点でいうなら、中高生女子の人気上位にも食い込むいわゆる「余命もの」や住野よる作品の方が、〈古典部〉よりも勝っているし、感情の振れ幅も激しいのである。
前回記したように、〈古典部〉は刊行から10年余の2012年にTVアニメ化され、それ以降、一気に高校生によく読まれるようになった。映像化されて初めて、「何を受け手に訴求している作品なのか」が広く伝わったのだろう。
さらにいえば、この作品の文章には、他の「中学生によく読まれている作品」に比べ、若干もってまわった言い回しが用いられている。
そうした様々な要素が絡み合い、〈古典部〉は「男子」の「高校生」に、とくに支持される作品になったと思われる。
(本紙「新文化」2023年3月2日号掲載)