三国の海を望むイタリアンでパスタランチを食べた。といっても海までは相当距離がある。そこは高台で、斜面に根を張る桜の木に囲まれたテラスにはソファが並び、枝々の間に海がキラキラと輝く。
オーナーは昼の営業を終えるといったん家に帰るそうだが、テラスなら好きなだけ座っていてもいいそうだ。なんと太っ腹! 次回は本を持ってくるしかない。東京と違って、福井県の北部に位置するこの辺りにはスタバもドトールもないが、のんびり本を読むのに適した場所は探せばいくらでもある。自転車で行ける小さなカフェは、畑と田んぼに囲まれ、耳が詰まったのかと思うほど、静寂に包まれている。
駅前の広場にある足湯施設は源泉かけ流しで、何時間いても無料だ。観光客が宿で食事をする時間に行けば、ほぼ貸切りで、湧き出る湯に足を浸しながらの贅沢読書が楽しめる。ビーチに面した日帰り温泉の休憩所は、海側の窓越しに陽が沈み、本のページはピンクやオレンジに染められる。
極めつけはローカル線だ。単線のワンマン運転で、区間によっては車両に自分がひとりということもある。目一杯乗っても1時間弱。ふと本から顔を上げれば白鷺が並行して飛ぶ。旅先で私は、本を読む場所をいつも探している。
(新井見枝香/HMV&BOOKS SHIBUYA)
(本紙「新文化」2022年8月11日号掲載)