渋谷のど真ん中にある書店には、一体どんなお客さんが来るのだろう。慣れないインカムを耳に装着し、自動釣銭機が付いたレジに立つと、書店でアルバイトを始めた時からやっていることは変わらないはずなのに、世界だけがずいぶん未来へ進んでしまったような気がした。
耳慣れない決済方法がいくつも導入され、本当にこれで大丈夫なのかと心配になる。ポイントカードも新聞の切り抜きも、スマホの中だ。店内には色とりどりの髪をした若者がいて、私の金髪など地味に思えてくる。
流行のインナーカラーを施した若い女性が、文庫本を手に颯爽と近付いてきて言った。「au PAY使えますか?」au PAYで本を買おうとする彼女が一体何を読むのか、全く想像がつかない。
しかし受け取ったのは、書店員人生で飽きるほど売った、村上春樹の文春文庫『ノルウェイの森』下巻だった。上巻を読んで、続きが読みたくなったのだろう。amazonの翌日配達ですら待てなかったのかもしれない。
単行本が発売された時には、きっと生まれてすらいない彼女にとって、その本は新しく触れるものなのだ。わーお、こりゃ大変だ。ここ渋谷では、私の中の常識を一新する必要があるかもしれない。
(新井見枝香/HMV&BOOKS SHIBUYA)
(本紙「新文化」2022年4月14日号掲載)