渋谷という街は苦手だ。10代の頃は制服にルーズソックスでセンター街を練り歩いたものだが、昨今は好きなバンドのLIVEがある時だけ、そそくさと現場へ向かい、事が済んだら裏通りの古い焼き鳥屋で一杯飲むくらいだ。
それがまさか、40代になって渋谷のど真ん中で働くことになろうとは、羨ましいか、若かりし日の俺。
日比谷コテージが閉店して、メンバーのうち何人かは、渋谷の店舗で働いている。しかし2フロアの大型店舗ゆえ、なかなか顔を合わせることがない。そんなある日、コテージで雑誌担当をしていたKさんが、私のいるレジにやってきて、相談があると言う。雑誌売場のレイアウトと、雑誌フェアに置く書籍についてだった。
書店員としての経歴が長いわけでも、自己顕示欲が強いわけでもないKさんだが「こうしたほうがいいのでは?」という、ごくシンプルな動機で、自分の仕事を見つけていたのである。慣れないレジであわあわしているだけの私には、目の覚める思いだった。
Kさんは感情より論理で動くタイプなので、そんな私に発破をかけようと、相談を持ちかけたわけではない。ただ、この人なら分かるだろうと思っただけだ。私も、もっとシンプルに考えてみよう。
(新井見枝香/HMV&BOOKS HIBIYA COTTAGE)
(本紙「新文化」2022年3月31日号掲載)