田んぼだと思っていた一角に、白く小さな花が咲いている。地元の人に訪ねると、蕎麦の花だそうだ。そういえばこの地域は、米だけでなく、蕎麦の名産地でもあるのだ。
ひとつの体で複数の仕事を持つメリットはたくさんある。書店員を続けながら本を書いている人は少なくないし、雑誌の編集長をしながらバンドを組んで歌を歌う人もいる。
頭を切り替える度に新鮮な気持ちになるから、どちらの仕事も長く好きでいることができるだろう。どちらかがうまくいかないときに、不安になりすぎることもない。たとえ今年の米がうまく穫れなくても、今は蕎麦をがんばろうと思えば、モチベーションを保つことができるはずだ。
だが、後で調べてみると、ひとつの水田で米と蕎麦を交互に作っているわけではなく、「転作」といって、水田だった土地を畑として活用しているのだと知った。仕事でいうなら「転職」だ。ひとつの体で、複数の仕事を同時に行うことは、基本的にできないのだ。
しかし、蕎麦の収穫は早く「播種から収穫まで75日」と言われる。出荷したら、何だってできるような気がしてくるではないか。そんなことに思いを馳せつつ、新そばを心待ちにしている。
(新井見枝香/HMV&BOOKS HIBIYA COTTAGE)
(本紙「新文化」2021年9月30日号掲載)