第56回 猫と暮らす

 亡くなった知人が遺した猫を引き取るため、引っ越しを決めた。都心で猫と暮らせる物件は思った以上に少ない。壁や備え付けの家具で、爪研ぎをする可能性があるからだ。
 たまたま入った不動産屋さんに事情を話すと、担当してくれた人が猫好きで、実際に今も猫2匹と暮らしていると言う。彼女は猫と私が快適に暮らせる部屋を、どちらかというと猫の目線で、根気強く探してくれた。
 猫には猫の本能がある。寿命も違うし、本当の意味で何がしあわせかは、一生わかってあげられない。私の都合で一緒に暮らすのだから、その部屋の中で、なるべく自由に生きて欲しかった。この引っ越しは、猫のためではなく、猫と暮らしたい私のためにするのだから。
 そういうことを自分自身に問いかけ、猫と暮らす腹が決まったのは、仁尾智さんの短歌と小泉さよさんの絵で綴る『これから猫を飼う人に伝えたい11のこと』(辰巳出版)という本のおかげだった。
 猫と暮らし始め、少なくとも私はたくさんしあわせな気持ちになって、いつかその日々に終わりがきても、この本が教えてくれたことを、時折思い出すだろう。だから私は、売場の「ペット」の棚に、ずっとこの本を欠かさず置いておこうと決めた。

(新井見枝香/HMV&BOOKS HIBIYA COTTAGE)

(本紙「新文化」2021年9月2日号掲載)