踊り子の世界では、お姐さんのお客さんにチップをいただいた際、「お客様をありがとうございます」とお礼を言うしきたりがある。
ストリップ劇場が全国に何百館もあり、踊り子が何千人もいた時代は、先輩後輩の秩序を保つために、それが必要だっただろう。踊り子同士はライバルであり、いかに自分だけのファンを囲い込むかが重要だったからだ。
しかし今は違う。実際、30年踊り子を続けている姐さんは「今はそんなことにこだわっている場合ではない」と言い、ファンには一途さより、フットワークの軽さを求めている。浮気もハシゴも大歓迎だ。
先日、書店のオンラインイベントについて検討する機会があり、本を自店で購入した人だけに配信するべきか否かで悩んだ。
店の利益だけを考えれば前者だが、本自体の販促を考えれば、断然後者である。本が飛ぶように売れる時代であれば、1冊でも多く自分の店で購入してもらう方法を考えれば良いが、《今はそんなことにこだわっている場合ではない》。姐さんの言葉が頭に浮かんだ。
書店員として、わかりやすい売上げを立てることも必要だが、全国的に売れなければ重版も叶わず、そうなると会社にもたらす利益はあまりにも小さい。
(新井見枝香/HMV&BOOKS HIBIYA COTTAGE)
(本紙「新文化」2021年3月4日号掲載)