第31回 出入りの衣装屋

  ストリップ劇場の楽屋には、特大のトランクを提げた行商が、ふらりとやってくることがある。売っているものは、舞台用の衣装だ。買おうと思ってもなかなか見つからないもので、こうして目の前に実物を持って来られると、つい手に取ってみたり、試着してみたりしてしまう。
  「こんな演目を作ろうと思っているんだけど」「このドレス、裾がもう少し短くならないかな」トランクを開いて、商品を地べたに並べた衣装屋は、踊り子の話し相手にもなる。要望には細かく柔軟に対応し、徐々に信頼を得ていく。
  行商というと、大きな風呂敷に覆われた竹籠を背負ったばあちゃんが、電車に乗って農家からやってくるイメージだった。最近ではもう、ほとんど見かけない。しかし、コロナの影響で店舗の家賃が払えず、店を畳んだ小売店があると聞けば、店舗を持たない行商に注目したくなる。
  待っているだけでは物が売れない時代に、ターゲットを絞った場所で会話をしながら物を売り込むスタイルは、無駄がなく、リスクも少ない。決して楽ではないだろうが、行商には強みがある。衣装屋を尻目に、私がトランクに詰めようと画策しているのは、もちろん大量の本だ。

(新井見枝香/HMV&BOOKS HIBIYA COTTAGE)

(2020年8月27日更新  / 本紙「新文化」2020年8月20日号掲載)