第25回 熱い気持ちを浴びに行く

 鶴谷香央理さんのコミック『メタモルフォーゼの縁側』(KADOKAWA)の最新刊4巻を読んだ。75歳の市野井さんと女子高生のうららさんが、好きなBLコミックを通して交流を深めていく物語だ。
 すると何だか、オカヤイヅミさんのコミック『ものするひと』(同)を無性に読み返したくなり、3巻目でその理由に気付いた。こちらは純文学作家の日常を描いた物語だが、彼に憧れる大学生が、文学フリマと思しき会場で、自分が書いた小説を売っているのだ。1冊ずつ手で綴じて、250円。
 市野井さんとうららさんがコミティアで売っていたのは、100円の同人誌である。机に出来たての本を積んで、少し恥ずかしそうに、でも嬉しそうに、売り子として座っていた。自分が書(描)いたものを、誰かに読んで欲しいのだ。その気持ちは、プロの作家も同じだろう。私は何万、何十万人分の、売り子の代理として、店番をしているのである。
 ということを、毎回会場の熱気で思い出し、気持ちを引き締めるのだが、5月に開催予定だった文学フリマも、コミティアも、昨今の状況で中止となった。忘れそうになったら、このふたつの漫画を読み返すとしよう。

(新井見枝香/HMV&BOOKS HIBIYA COTTAGE)

(本紙「新文化」2020年5月14日号掲載)