第22回 今すぐここで買いたい!

 3月の後半は書店を休み、上野のストリップ劇場で踊り子として働いていた。そこの社長さんから、本を持ってきたら受付で売るよ、と声をかけてもらったとき、私は「気を使わせてしまったな」と思った。挨拶代わりに、自著をお渡ししていたからだ。しかし話を聞くと、舞台を観たお客さんから「今すぐ新井さんの本を買いたい」と言われ、咄嗟に私が持参した本を売ってしまったそうなのである。お客さんの気持ちも、社長の対応も嬉しかった。
 先日、ある温泉施設の宴会場で風呂上がりの一杯を楽しんでいると、ステージで演歌歌手のコンサートが始まった。やはりプロの歌は違うなぁ……と聴き入っていると軽妙なトークが始まり、新しいCDを発売したこと、ステージ脇のブースで販売することをマイクでアナウンスしていた。するとどうだろう、終演後にはCDを買う人の列ができていたのである。今すぐその場で買う、という粋を感じた。劇場のお客さんも、同じ感覚で本を買ってくれたのだろう。
 私は本屋だから、本は本屋で買って欲しいと考えるべきなのかもしれないが、それ以前に、お金を出してCDや本を手に入れようとする人たちを見るだけで、なんだかありがたい気持ちになるのである。

(新井見枝香/HMV&BOOKS HIBIYA COTTAGE)

(本紙「新文化」2020年3月26日号掲載)